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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1578号 判決

朝銀茨城信用組合

事実

控訴人(一審原告、敗訴)朝銀茨城信用組合は、昭和二十九年二月二十八日付控訴人及び訴外西岡研介、同瀬畑留吉間の取引契約書に基き、訴外西岡研介が控訴人宛手形を振り出し債務を負担した場合、右瀬畑は右手形上の債務に相当する金額の連帯保証をなすべく被控訴人中里松雄と契約した。しかして右西岡は右取引約定書に基き、同年十月十六日控訴人に対し金十七万五千円の約束手形を振り出し手形上の債務を負担したのに拘らず、うち五千円の弁済をなしたのみで残余の支払をなさない。しかして右西岡は他に抵当権付の債務を有し弁済の資力がないので、控訴人は昭和三十年十一月十八日内容証明郵便を以て右瀬畑に対し残元金十七万円を同年十一月二十五日までに支払うよう催告した。すると被控訴人は右瀬畑と控訴人の本件債権の行使を妨害するため相通じて、被控訴人が貸主、瀬畑が借主となつて昭和三十年九月十二日債権額金二十万円の金銭消費貸借をなしたとなし、右債権担保のためとして右瀬畑の所有である本件建物を抵当物件として抵当権設定契約をなし、これに基いて抵当権設定登記を了した。しかしながら右瀬畑は本件建物以外には何ら財産を有しないから被控訴人の右行為は他の債権者に対し詐害行為に当るから、右契約の取消と抵当権設定登記の抹消とを求めると主張したが、原判決は右原告(控訴人)の主張を判断するまでもなく、原告主張の取引約定契約に訴外瀬畑留吉が連帯保証人になつた事実は認められないとして原告の請求を棄却した。これに対して控訴人は、仮りに瀬畑留吉の連帯保証が、同人の妻において代理権を有しないのにかかわらず右留吉を代理してなしたものであるとしても、右留吉は大工で不在勝の者であるから同人の妻において日常家事に関する代理権を有していたものであるところ、右留吉の妻はさきに昭和二十九年一月二十九日にも留吉を代理して控訴組合との間に取引約定書を作成し、且つ留吉の印鑑証明書を提出し、その後同年二月十八日の本件取引においても留吉の印を使用し印鑑証明書を持参提出したものであるから、控訴組合において本件取引につき留吉の妻に留吉を代理する権限があつたと信ずる正当の事由を有したものであるから、右瀬畑留吉は同人の妻のなした右行為について責任を有するものであると主張して控訴した。

理由

控訴人は、昭和二十九年二月十八日訴外瀬畑留吉との間に、訴外西岡研介が控訴組合に対し手形を振り出して債務を負担した場合には、右留吉において控訴組合に対し右手形上の債務に相当する金額の連帯保証をする旨契約したと主張し、被控訴人はこれを否認するから、この点につき按ずるのに、証拠を綜合すると、さきに西岡研介は控訴組合から金借するについて、これに要する書類作成等の手続方を妻イトに一任し、右イトはこれに保証人の印を必要とするところから、かねてから懇意の瀬畑きいの(留吉の妻)に対し使途をはつきりいわないで一寸必要だから印を貸して貰いたい旨申し入れたところ、右きいのは右印が西岡の金借のために使用されることを推察しながら右イトを信用し、夫留吉に内密に同人の印を持出し、イトに対し夫に内密だから決して迷惑をかけないようにして貰いたい旨念を押してこれを貸与し、右イトは右留吉の印を使用して留吉名義の印鑑証明書の交付を受けた上、債権者控訴組合、債務者西岡研介、保証人瀬畑留吉とする取引約定書を作成し、右留吉名下に右貸与を受けた留吉の印を押捺し、これらの書類を控訴組合に提出して控訴組合から夫研介のため金二十万円を借受けたこと、右書類の作成は西岡イト方で控訴組合の係員栗原とく立会の下に行われ、その席には瀬畑留吉もその妻きいのもいなかつたのであるが、右とくは印鑑証明書が提出されてあるから間違いないものと思い、別段保証人の点について念を押さなかつたものであること、その後右書類書換の必要を生じたので、右イトは瀬畑きいのに対し銀行から金借をするのだが迷惑をかけない旨迷べて印の借用方を申入れ、右きいのは夫留吉に内密に同人の印を持出してこれをイトに貸与し、イトはこれを使用して昭和二十九年二月十七日再び留吉名義の印鑑証明書を入手の上、同月十八日債権者控訴組合、債務者西岡研介、連帯保証人瀬畑留吉とする取引約定書を作成し、これを書換書類として控訴組合に提出したこと、その後西岡研介の借受金は金十七万五千円となつたので同人は昭和二十九年十月十六日妻イトと共同振出の同金額の約束手形を振り出して控訴組合に差入れたこと、その後昭和三十年十一月になつて瀬畑留吉は控訴組合から右借受金の支払催告を受けて初めて右の次第を知つたものであること、をそれぞれ認めることができる。

以上の次第であるから、控訴人主張の連帯保証の点については、瀬畑留吉が自らこれを契約し又は代理人をして契約させた事実は認めることはできない。

次に控訴人主張の表見代理の点について審案するのに、瀬畑きいのの証言によると、瀬畑留吉は大工で不在勝であつたことが認められるから、右留吉の日常家事の代理権は妻きいのにおいてこれを有したものと認められるが、瀬畑留吉及び同きいのの証言を綜合すると、右きいのにおいて留吉に代り借財又はその保証をする代理権はこれを有していなかつたものであることが認められるから、きいのにおいて留吉に代り同人の印を使用して借財の保証をすることは、右日常家事の代理権外の行為であることが明らかである。ところで証拠によれば、瀬畑留吉名義の保証に関する契約は前認定の昭和二十九年一月二十九日と、その書類書換のための同年二月十八日との二回行われただけで他にこのような取引が行われたことはないのであるが、右取引の場合は何れも主債務者側において右留吉の印を使用して書類を作成し留吉名義の印鑑証明書を提出したのであつて、その際右留吉もその妻きいのも同席したことがなかつたものであるところ、控訴組合では右保証の点について何らその真否を確める方法を採らなかつたばかりでなく、主債務者側にこの点について念を押す等のこともせず、単に留吉名義の印鑑証明書及び印のあつたことから主債務者側の申出のままにたやすくこれを信用して取引をしたものであることが認められる。

以上の事実によると、本件取引につき控訴組合が留吉の妻きいの又は同人から印を借受けた主債務者側において留吉を代理する権限ありと信じたことについては、むしろ控訴組合において過失あるを免れないものと認めるのを相当とし、この点につき直ちに控訴人の主張するような正当の事由があつたものとは認められない。

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